東京地方裁判所 昭和53年(タ)336号 判決
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【説明】
原告(妻)と被告(夫)は、昭和四六年七月に婚姻したが、遺産争いから被告の兄弟間に不和が生じ、それが原因になつて夫婦関係もまた不和となり、原告は、昭和五一年七月には離婚を考え、昭和五二年九月九日夫婦間の二人の子供(男児四歳五月及び女児二歳五月)を連れて実家へ帰つた。ところが被告は、昭和五三年四月四日になんら事前の話し合いもないまま突然保育園から帰る途中の二人の子供を原告の抵抗を振り切つて連れ去り、以後原告と会わさず、被告が養育しながら現在に至つている。以上が判示の前提として認定されている事実関係の概要である。
【判旨】
二次に親権者の指定につき判断するに、右指定については子供の現在及び将来の幸福、利益を主眼として定めるべきところ、一般的には幼児の場合母親の膝下で監護されるのが最も自然で幸福であるといえるが、母親が親権者として不適当な場合または母親のもとを離れ、父親のもとで既に相当期間養育され、父親と幼児との間に愛情関係や安定した生活関係が生じている場合など特段の事情がある場合などには父親が親権者として適当な場合も考えられるので、この点につき検討する。
前掲各証拠によれば
1 原告は実母として長女聖子及び長男洋司をその出生以来被告によつて連れ去られるまでのそれぞれ五年間及び三年間にわたつて監護し、特に長男出生後の昭和五〇年夏から被告が寝室を別にするようになつた後も二人の子供とは一緒に寝ていたこと、しかもこの間の監護状況にはとりたてて非難すべき点はなく、二人の子供は比較的安定した平穏な生活を送つていたこと、原告の実家の父母は原告が長男を出産する際長女を預つたりしていたこと、これに対し、被告の実母は既に死亡し、実父は二人の子供の世話をしようとしたことはほとんどないこと、被告自身も原告と同居中は風呂へ入れたりおむつの後始末をしたことはほとんどなく、しつけや遊ぶ相手をしたことも余りないこと、
2 父である被告は不動産業を営み、自宅で仕事をしているとはいえ仕事で外で活動しなければならない日もあり、子供達の身回りの世話を自ら担当して直接養育監護することができない恐れがあり、家族もこれを補つて充分な世話をする余裕がなく、結局は他人にまかされることになり、他の方法では代替し難い親との充分な日常の接触が不十分なまま大きくなる恐れが大きいこと、これに対し、原告は自宅で翻訳業の仕事をしているが、その仕事の性質上これが監護の支障となることはほとんどないものと予想され、自ら子供達と起居を共にして直接養育監護にあたることができるし、実家の助力も期待できること、
3 経済的基盤については、双方共不都合な点はないことのほか、法律上当然の義務である養育費の分担により心配はないこと、
4 子供達は、原告のもとから連れ去られて以降約二年にわたり被告のもとで監護され、ある程度継続的な生活関係、監護環境が形成されるに至つているのであるが、右監護の発端である子供達を連れ去つた行為は、前記一認定のような事情からして正当なものではなく、その後の監護環境も母親である原告と子供達を面会させないなど、精神的に子供達は不安定な状態にある。
5 被告は子供達を原告に渡すことを強く拒み、一方、原告も子供達を引取ることを強く望んでいる。
右のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
以上によれば、原告と被告の両名は、いずれも劣らぬ子供達に対する深い愛情に基づき、それぞれ自己の手もとにおいて子供達を養育することを強く望んでいるものであるが、前記諸事情を総合して考えるに、本件においては子供達にとつて母親である原告に監護、養育されることがその幸福に適するものと判断される。
よつて原、被告間の未成年の二人の子の親権者を原告と定め、被告に対し人事訴訟法一五条二項により右二人の子供を原告に引渡すよう命ずることとする。
(古川行男)